デザイナー
高田賢三さんが、9月28日(金)の【爆報THEフライデー】に出演されます。

若い世代には、なじみの薄いかもしれませんが、日本が誇る世界的デザイナーで、1970年1980年代のファッションシーンを牽引した、 KENZO (ケンゾー) ブランドの創始者です。

高田賢三さんは、今・現在どうしているのでしょうか?

自己破産したというのは、本当でしょうか?

紹介していきますね。

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高田賢三さんのプロフィールは?

出典:http://fashionpost.jp

 

1939年2月生まれの現在79才です。

兵庫県の姫路出身の高田賢三さんは、五男二女の兄弟のなかで育ち、姉の習う洋裁や、中原淳一さんがイラストを描く「ひまわり」「それいゆ」に影響を受けました。

神戸市外国語大学に入学しましたが、洋裁への興味を捨てきれず、アルバイトをして学費を稼ぎ、文化服装学院のデザイン科に入学しました。

同期には、コシノジュンコさん、ピンクハウスの金子功さん、NICOLEの松田光弘さんもいて、高田賢三さんも含め、「花の9期生」と呼ばれています。

 

高田賢三さんのKENZOブランドとは?

ジャングル・ジャップの由来は?

文化服装学院卒業後、三愛に就職しましたが、1965年にフランスにわたります。

1970年に、立ち上げた高田賢三さんの店は、始めは、お金がなかったので、自分たちでお店にジャングルの絵を描いたとこから「ジャングル・ジャップ」という名前がつけられました。

 

KENZOブランドの始まりは?

ELLE

出典:http://fashionpost.jp/

初め「ジャングル・ジャップ」とつけられた店名でしたが、当時、パリ社交界にデビューしていたデビ夫人から苦言を受け、「ジャップ」ということばも、日本人を差別することばになる為

「KENNZO」に変更しています。

 

創業年に、世界的なファッション雑誌「ELLE」の編集長の目に留まり、表紙を飾りました。

 

その後、高田賢三さんのKENZOは、一気に注目を集めるブランドになりました。

KENZOブランドは、メンズウレア、ウィメンズウェア、アクセサリー、香水など発売されています。

ケンゾー(KENZO)ブランドは、カラフルや和洋折衷の色使いなど、目をひくデザインで、私も若かりし頃の憧れでしたね。

 

高田賢三(KENZO)の破産は本当?

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その後、1980年代に会社を新しくしていきました。

共同経営者のフランソワ・ボーフュメと氏との確執、仕事でも私生活でもパートナーであったグザビエさん(正式名:グザビエ・ドゥ・カステラ 貴族)を亡くしたことと、パタンナーの近藤淳子さんが脳梗塞で倒れたことで、高田賢三さんを支えてくれていた二人を失うことになります。

会社が大きくなっていくにつれて制約もどんどん増えていき、経営者とデザイナーの2足のわらじは難しく、KENZOは経営難に陥いり、1993年にルイヴィトングループに株式売却というかたちになりました。

その後、自己破産に陥っています。

 

しかし、貴族血筋の男性が公私ともにパートナーとは、やはり世界のKENZOですね。

高田賢三さんの今・現在は?

セットプルミエ

出典:https://www.fashionsnap.com/

 

高田賢三さんは、2015年にセブン&アイ ホールディングスと新たなプロジェクトを始めました。

そごう・西武とイトーヨーカドーのプライベート ブランドの「セットプルミエ(SEPTREMIERES)」のデザインを手がけています。

しかし2017年にセットプルミエのブランドは廃止されています。

 

現在は、パリ在住です

パリでは、高田賢三さんは、誰もが知る大スターでした。

 

パリ6区のサンジェルマン・デ・プレ地区(日本でいう東京港区)の素敵な、推定10億円をいわれるアパートに住んでいます。

家の中には、バカラとコラボという様々な品や骨董品が置いてあります。

又、1980年代に、イブサンローランの広告塔を勤め、ユニクロのデザインもおこなう、61才にとても見えないイネス・ド・ラ・フレサンジュとの交遊もあります。

 

今・現在の高田賢三さんは、とても、来年80才に見えず、ますますパワフルな印象を受けました。

 

高田賢三さんの自叙伝を出版

2017年に高田賢三さんは、自叙伝を出版されています。

・著者はその後も夢を追い続けるという姿勢を崩すことなく、写真を見ると78歳とは思えないほど驚くほど若々しい。失敗を恐れず挑戦し続ける姿勢には勇気を頂いた。
出典:https://www.amazon.co.jp/

 

まとめ

KENZOは、シニア世代の憧れのブランドのひとつではなかったですか?

しかし、KENZOというブランド名がつきながら、高田賢三さんとは、関係ないという現況になっているということです。

高田賢三さん程のデザイナーの資質があっても、経営との2足とわらじともなると難しいということでしょう。

しかしながら、どんどん新しいことを打ち出す、高田賢三さんの今後も楽しみです。

最後まで、お読み頂きありがとうございます。
この記事が、あなたの参考になれば幸いです。

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